孤独な魔術師は空を仰ぐ


果てなく続くかのように思える長い時を過ごしていたとしても、たかが人間ひとりに与えられた時間には限りがある。

しかし私たち人類は、その限られた時間で無から有を生じ無限の創造への挑戦を続けてきた。

尽きることのない未知への追及。

それは時に創造と崩壊を繰り返すが、それでも人類は前に進むことに焦点を絞り続けた。

最終的に待つ未来は『幸福』であるに違いないと、信じて疑わずに。




祖母が入院する病院の中庭で、缶コーヒーを飲む。それが天音トオルの日課。

たった一人の家族である祖母の入院は、もう数え切れない。難しい病気ではないと言いながら、もう何度も手術をしていた。

人の境遇に偏りが生じるのは必然で、何が幸福であるかは、その人にしか分からない。

そんな世の中の道理なんて理解しているはずなのに、自分の大切な身内がこう何度も病気に苦しめられている姿を見ると、トオルはいつも『不公平だ』と叫びたい気持ちになった。

そんなことを考えながら飲む缶コーヒーが、美味しいはずもなく。

トオルは中庭の真ん中に立つ桜の木を眺めながら、小さく溜め息をついた。

その時。

その溜め息に重ねるように、木の向こう側で同じように溜め息をつく声が聞こえた。

この中庭に人がいるなんて珍しい。

小さな女の子だ。患者さん、だろうか。

トオルは思わず声をかけた。

「こんばんは。桜の木を見ているの?」

少女はトオルを見て少し驚いた表情を見せたが、すぐに目の前の桜の木に視線を戻した。

「...そうだ。今年はこの桜をどう咲かせてやろうか、と考えていたんだ」

「桜を...咲かせる?」

「...お前は私のことが見えるんだな」

そう言うと少女は、ゆっくりとトオルを見上げた。わざとらしいぐらいに、少女はニヤリと悪そうな笑みを浮かべている。

「...……...人間じゃなかったのか...うわ...」

トオルは思わず後退りしそうになった。が、確かに不思議な雰囲気をまとってはいるものの、恐ろしさなどは感じない。

「私はハーキマー。魔術師の精霊だ」

少女はトオルの方に体を向け、律儀に自己紹介をした。意思の強そうな瞳が「お前も名乗れ」と言わんばかりに煌めいている。

「…僕は天音トオル。普通の人間です」

「そうだな、普通だな」

少女のぶっきらぼうな物言いに、ムッとする。

「改めて言われると腹立つな。てか精霊?幽霊じゃないのか。どうりで怖くないわけだ」

「なんだと!?こーーーの罰当たりが!私は魔法を司る石の精霊だから、ある程度のことなら何でも出来るんだぞ!?偉いんだぞ!?もっと敬え!崇めろ!奉れ!」

ふいにトオルの目線まで浮かび上がったハーキマーが胸ぐらを掴み、自分の偉大さを訴える。

その行為は、確かに普通の人間でないことを証明はしたが、いかんせん姿が幼い少女なので、どこか拍子抜けしてしまう。

「そう言われてもなぁ...ある程度のことならってあたりが詐欺っぽいぞ」

「詐欺ーーーー!」

空中で身悶えて腹を立てる少女は、もはやただの子供にしか見えない。トオルはくるりとハーキマーに背を向けた。

「じゃあな」

「おいおいおい、ちょっと待て。今から桜の木を咲かせる準備をするんだ。手伝ってくれたら何か願いを叶えてやるぞ。手伝え」

ハーキマーが、背を向けたトオルの服を掴む。

「いや、普通の人間には無理です」

「大丈夫、お前でも出来る。しかも願いを叶えてやると言ってるんだ。有り難く思え」

「恩着せがましいなぁ...もし万が一願いが思い付いたら手伝いに来るよ。じゃあな」

トオルは、まるで妹を扱うようにハーキマーの頭をポンっと撫でた。ハーキマーはまた驚いた表情を見せたが、ゆっくりと洋服を掴んでいた小さな手を離した。

変なものに声をかけてしまった後悔と自責、そして僅かに生まれた高揚感を悟られないよう、トオルは足早にその場を後にした。

まだ咲いていないはずの桜の香りが、トオルの隣を通り過ぎた気がした。

powered by crayon(クレヨン)