孤独な魔術師は空を仰ぐ


はじけ飛ぶような空の青さ。

自分好みの景色が目の前に広がり、木々は真緑に色付いている。いつもの殺風景な道でさえ、穏やかで優しい空気を帯びていた。




ちょうど1ヶ月前。

ハーキマーは、トオルの願いを叶え、祖母の病気を治すと言ってくれた。

トオルは、心に巣食っていた黒い塊が、排除され溶けていくような気持ちで、何度も、何度もありがとうと繰り返した。

ハーキマーは何も言わず、涙を流すトオルの背中をずっと撫でてくれた。

想像していた以上に温かい手が、トオルの涙腺を更にゆるくした。苦しみを抱える全ての人に、ハーキマーを紹介してまわりたいぐらい、トオルの心を慈悲的な何かが満たしていた。




それ以来、祖母はすぐに退院、というわけには
いかなかったが、トオルが見る限り、少しずつ元気になっている気がした。

お見舞いの帰りに中庭へ寄り、ハーキマーの遊
びのような謎の仕事を手伝う。

それがトオルの新しい日課となっていた。

「ハーキマー?来たよ〜。どこだ?」

「トオル!上だ、木の上!」

桜の木の上から明るい声が降ってくる。

「おい、身を乗り出したら危ないぞ!」

「何が危ない?落ちたりなんかしないぞ」

「...確かにそうだった。ばーちゃん、今日も元
気だったよ。しかしこの桜、咲かないな。ここ
に来る途中の桜はもう咲いてたぞ?」

「...時間が無い...急がないと。あと1回...あと
1回だけなんだ…頼む、頑張ってくれ」

ハーキマーは桜の木に話しかけるように、小さく、そして切実な声で呟いた。

「ハーキマー?何か言ったか?」

「…いや。さあ、今日も魔力を宿した石をたくさん探すんだ。トオルは中々スジがいい」

「スジがいいと言うわりにほとんど却下するじ
ゃないか。石の違いが全く分からん」



トオルに与えられた仕事は『石を探す』こと。

しかも、ただの石ではなく、魔力を宿す石があるから、それをこの辺りで見付けてこい、という中々に無茶な内容だった。

そして、その魔力を宿す石を、ハーキマーが木の周りに敷き詰めていく。

なんでも、この桜は自力では水や日光を取り入れることが出来なくなっているから、敷き詰めた石から魔力を樹に注ぎ込むらしい。

人間でいうところの点滴のようなものだ、とハーキマーはざっくりと説明した。

石の違いも桜の変化もトオルには全く分からなかったが、ハーキマーと過ごす他愛の無い時間は、ただ、ただ楽しかった。

常に抱えていた孤独感も、いつの間にか薄らい
でいたが、祖母の話をすると複雑な表情を浮か
べるハーキマーが少し気掛かりだった。

また、元気になっても中々退院させてくれない
病院に、もどかしさを感じていた。




だが、3月も終わりに近付いていた今日。

朝早くに病院から電話があり、ついに祖母の退院許可がおりたのだ!

こんなにも病院への足取りが軽やかなのは、い
つ以来だろうか。目に入るもの全てが輝いて見
えるぐらい、トオルの心は高揚していた。



「ばーちゃん!」

勢いよく病室の扉を開けると、いつもと変わら
ず祖母が微笑みかけてくれる。

「退院おめでとう!今日はばーちゃんの行きた
い所に行こう!お腹すいてる?どこ行く?」

トオルは、矢継ぎ早に言葉を発した。

祖母はいつもと同じ優しい目でトオルを見つめていたが、何故かいつまでも動こうとしない。

そして「帰る前に話したいことがあるの」と静
かな声で、いつも座っている病室の丸椅子に腰掛けるよう、トオルに促した。

開けっ放しの窓から吹き抜けた風が、やけに冷
たくトオルの身体を逆撫でた。

powered by crayon(クレヨン)